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読書尚友

先人の叡智を自分の行動に落とし込んで、成長と成果に変えていくブログ。焼きたてのトーストにバターを塗るように、日々の学びを薄く薄く伸ばして染み込ませてゆく

好奇心を取り戻すには? 読書日記『好奇心を″天職″に変える空想教室』植松努 著①

 

好奇心を“天職

好奇心を“天職"に変える空想教室

 

 

今日の読書日記は、『好奇心を″天職″に変える空想教室』から、「いたずら心を出して、余計なことをやってみる」ことについて。

 

 

ずっと他の人と同じことしかしていなければ、"安い×たくさん″の勝負しかできなくなります。

 

大事なのは知恵と工夫です。知恵と工夫で「より良く」を求めたら″高い×少し″という勝負ができます。これがブランドというものです。

 

「なにと戦うのか?」が大事なのです。「そこまでする必要はない。余計なことはしなくていい」この言葉に負けた瞬間から"安い×たくさん″の戦いがはじまります。

 

今、信じられないスピードで、日本中に無人工場が増えています。どんどん人が働く場所がなくなっています。

 

世の中はとっても便利になっていますが、その分、人が働く場所は確実になくなっています。

 

この現象を食い止めるためにはどうしたらいいんでしょう。簡単です。ロボットに負けなければいいんです。ロボットに負けないためには、なにが必要でしょうか。それは「考えること」です。これからは「考える人」が増えればいい。

 

もうそのことに気づいている国があります。たとえばノキアボルボを生み出したフィンランドスウェーデン、またインテルやグーグル、マイクロソフトが重要な開発拠点を置いているイスラエルは、いずれも人口数百万人の小さな国ですが、大きな生産工場がほとんどありません。

 

彼らは発明をして、研究をして、そして「より良く」を求めます。だから世界から「必要だよ」っていわれます。

 

またこれらの3つの国に共通していることは、「教育費がほとんどタダ」です。しかも、小学生から授業"会社の起こし方″や"発明の仕方″を教わります。

 

会社は誰にでも作れますが、日本のほとんどの学校では"雇われ方″どころか"受験の仕方″しか教えてくれません。

 

また日本のメーカーはコピー商品ばかり作っていますが、アップルやダイソンという会社は「わけのわからんこと」をやります。でもだから、彼らは一番なんです。なにか違うと思いませんか。

 

世界がこの事実に気がつきました。だから世界は今、考える人を探してます。

 

では「考える人」とはどんな人でしょうか。よっぽど偏差値が高い大学を出ているというのでしょうか。

 

全然関係ないですね。実は今、世界が真剣に探しもとめているのは"やったことがないことを、やりたがる人″です。あきらめずに、工夫をする人。これだけでオッケーです。

 

生まれたときからあきらめ方を知っている人間なんて、この世にひとりもいません。みなさんはせっかく「あきらめ方を知らない」で生まれてきたんです。可能性にあふれて、輝いて生まれてきたんです。いたずら心を思い出して、余計なことをしてみてください。

 

 

好奇心を出して、はたから見たら「わけのわからんこと」に知恵と工夫で取り組む。そして「より良く」を追求する。いたずら心を持って、「誰もやったことがないこと」「余計なこと」をあきらめずにやってみる。その経験は他から必要とされる自分自身の「個性」となる。著者はそう述べています。

 

考えて見れば、好奇心といたずら心という言葉は似ています。どちらも「これをやったらどうなるんだろう?」という興味を持っている状態です。

 

「もっと好奇心を持て!」とはよく言われる言葉です。ビジネス書などにもよく書いてあります。ですが、「もっといたずら心を持て!」とは言われませんし、本の中でもあまり見かけた記憶がありません。

 

ですが元々のところは同じものですよね。小さい子どもは見慣れないものを見つけるとすぐに触ってみようとします。自分の手が届くか届かないかくらいの高さにある棚の上のものを背伸びして取ろうとします。

 

これは大人から見ると「余計なこと」であり、子どもの「いたずら心」ですが、子どもからすると「やったことがないこと」であり、自分の「好奇心」に純粋に従っているだけの行動です。

 

このとき重要なことは、子供はその行動を「余計なこと」だとも「いたずら」だとも思っていないということです。

 

ここを押したらどうなる、ここを引っ張ったらどうなる、ということをただ知るために、飽きるまでその何かをいじり回すのです。そうやって、「これはこういうもの」だと学んでいきます。ですからこれは「学習の過程」だと考えられます。もっとも、子ども自身にとっては純粋に「遊び」です。

 

私たち大人が思い出さないといけないのは、子どものように五感に知覚されるものの何に対しても、もっともっと知ろうとする気持ちだと思います。

 

見て、聞いて、触って、嗅いで、味を確かめてやろうとする「いたずら心」を取り戻すことです。

 

「好奇心」と考えるより「いたずら心」と考えた方がよい気がします。「いたずら心」には、「人を驚かせてやろう」というニュアンス、他者の存在を内包している気がするからです。それを良い意味で捉えれば、「他者に対する貢献を前提として興味を持つ」、ということにつながるからです。一方で、「好奇心」と言ってしまうと、「自己の満足のみで完結してしまう」恐れがあります。

 

そう考えてみると、「あきらめ方」なんてものは忘れてしまって「いたずら心」は思い出す。結局は子どもの気持ちに帰って「遊び」のように取り組むことが一番なのだということに気づきます。

 

「あの人を驚かせて(喜ばせて、感動させて)やろう」という「いたずら心」にはなんだかワクワクしてきませんか?「好奇心」よりも「いたずら心」の方が、持っていて楽しそうな気がしませんか?

 

ですから「いたずら心」を持って考えながら、目の前の事に取り組んでいきたいと思います。「いたずら心」は、今ある道を走り続けることではなく、そこから徐々にはみ出して、新たな道を作っていくことでもあります。

 

そんないたずらを繰り返していたらいつか必ず誰かの目にとまります。その時は、自分の個性が形作られた時です。けしからんこと、余計なことが、誰かに必要とされるようになった時です。そこまで走り抜けることは大人になった今からでも可能なのではないでしょうか。

 

 

最後に、著者の方のTEDでのご講演はあまりにも有名ですのでご紹介しておきます。

是非ご覧いただければと思います。(約20分)

 

www.youtube.com

 

 

〈今日のチャレンジシート〉
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1.この本を読んだ目的、ねらい

 

・好奇心を"天職"に変えるための考え方を学ぶ


2. 読んでよかったこと、感じたこと

 

・失敗をおそれないこと、夢を持つこと、あきらめないことの

 大切さをあらためて学んだ


3. この本を読んで、自分は今から何をするか

 

・「いたずら心」をひとつひとつの仕事の中、行動の中に

 忘れずに仕込んでいく


4. 3か月後には何をするか、どうなっていたいか

 

・「いたずら心」から始めたことが、「他者貢献」に繋がっている、

 そんな感覚を味わうことができている


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