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読書尚友

先人の叡智を自分の行動に落とし込んで、成長と成果に変えていくブログ。焼きたてのトーストにバターを塗るように、日々の学びを薄く薄く伸ばして染み込ませてゆく

道徳観、倫理観を養うには? 読書日記『人間にとって科学とは何か』村上陽一郎 著①

 

 

人間にとって科学とは何か (新潮選書)

人間にとって科学とは何か (新潮選書)

 

 


今日の読書日記は『人間にとって科学とは何か』から、科学技術の発展によって起こる倫理の問題とどう向き合うべきかについて。

 

 

生命倫理」という言葉は、専門家と市民の間で、受け取られ方がかなり違うと思います。専門によっては、生命倫理に否定的な先入観を持つ場合もあります。つまり、研究者には生命倫理がある種の拘束として映り、「自由な研究を妨げる」という雰囲気が少なからず見受けられる場合もあります。

 

したがって、市民社会に充分な「社会的合理性」が見られても、実際に科学者に影響を及ぼしにくいような、この垣根の高さをしばしば感じさせられます。

 

同時に、市民の間でも、これまでにメディアで取り上げられた遺伝子治療から生殖技術、脳死問題、臓器移植など、倫理的な課題に対して、正しい情報に基づき議論が成熟したものは決して多くはありませんでした。

 

そういう事態の中で、公共的課題に対して民主的方法で、社会的合理性を求めようということになった時、さて科学者はどうなるか。

 

ここで科学者は、もはや裁判官の地位を降ろされ、「一人の証人」としてその現場に立つ以外にないのです。

 

 

ドイツの議会が一九九九年から二〇〇二年にかけて、ES細胞を輸入するかどうか(ドイツはヒト胚について強い規制があり樹立に関しては許されていないため)、大議論をしました。

 

その時に、私はたいへん感銘を受けたのですが、議会、政党は、党議拘束一切外し、議員一人一人に自分の信念に基づいてどう考えるかということを証言させたのです。中には医者も神学者も哲学者も科学者もいます。それぞれの証言を聞いた上で、最後に投票をしました。その結果は「諾」が過半数を占めました。

 

一人一人が証言台に立つという方法は、党議拘束を外すだけではなくて、宗教的拘束も専門的拘束も外して、「人間として私はこう考える」と発言することになります。

 

民主的といい、社会的合理性といっても、それらがどこかにあらかじめ存在しているわけではありません。ある社会の中でメンバーたちが、そういう言葉を使えば、実存をかけた自分の証言の塊の中から、おのずから形成されていった結果のものが「社会的合理性」ではないかと私は考えるのです。

 

 

私たちは白か黒か、はっきり断定することが難しいグレーゾーンの領域の問題について、判断を迫られることがあります。

 

例えば最先端の科学技術が関係する問題の場合、私たちにはその全容は理解することができず、「専門家に任せておけ」と問題を他人事にしてしまうことがあります。

 

これは専門家に丸投げして思考停止してしまっている状態です。

 

そして、何か重大な事件や事故が発生した場合、自ら考え、意思表示しなかったことを棚上げして、専門家を非難することになります。

 

専門家や科学者は、「その分野について人よりちょっと詳しい」だけであって全知全能の神ではありません。

 

まして、確実な未来予測などは誰にも行えません。

 

そのような人達だけに自分達の現在、未来をお任せしてしまうのも、如何なものかと思います。

 

 

今後、人間のクローンを作り出すことの是非や、進化したコンピューターが自分の意思を持ち行動するようになった時、あるいは人間が機械の体を持つようになった時、それを人間と認めるかどうか、といった生命倫理上の問題は確実に発生するでしょう。

 

そういった時に、私たちはまた、「専門家に任せておけばいい」と思考停止する道を選ぶのか。あるいはそれを他人事にせず「自分はこう思う」と声を上げるのか。

 

科学技術が進歩するほど、世の中には新しく正解のまだ出ていない問題が発生します。「自分には関係ない」では済まされないことがそれだけ増えてくるでしょう。

 

その時に「自分はこう考える」とはっきり意思表示をしていくことができるでしょうか。

 

「長いものに巻かれていれば安心」と考えるのはもう得策ではないかもしれません。

 

自分の考えを深めていくためには、色々なことを学び、色々な人の意見を聞いて、色々な体験をして、そして言語化していくことが不可欠だと思います。

 

私が中学生の時の国語の先生が「倫理とはレベルの高い道徳のこと」と話されていたのを記憶しています。

 

そのような倫理的な問題を見極め、自分なりの答えを出していくためには、自分自身の道徳観、倫理観も磨いていく必要があるのではないでしょうか。

 

こう言うと、何やらとてもハードルが高そうな感じがします。でも、道徳は「約束したことを守る」とか、「時間を守る」とか、「早く返事をする」とかそのような「当たり前」のことの延長線上にあるものです。学校でも、社会でも教わってきたはずのことです。

 

これからは、困難な問題であっても他人事とせず、道徳観を持って臨む、そのような姿勢が問われていく機会が増えてくると思います。

 

世の中の動きは常に変化します。だからその流れを見つめ続けることは必要です。

 

でも、人間がどんなことに悩み、どんなことを考えてきたのか、何が争いの元になったのか、それらは記録の残っている何千年という昔からそんなに変わっていません。

 

ですから、世の中の流れを注視しつつ、同時に先人の考えや生き方を学んでおくことは、自分という人間としての道徳観、倫理観を醸成するためにもうってつけだと思うのです。

 

 

〈今日のチャレンジシート〉
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1.この本を読んだ目的、ねらい

 

・科学技術の意味について考える

 

生命倫理について考えてみるきっかけを得る


2. 読んでよかったこと、感じたこと

 

・科学と人との関係性について    

    理解を深めることができた


3. この本を読んで、自分は今から何をするか

 

・道徳観、倫理観を日常生活の中の行動で養う

 

・社会問題にもっと関心を持つ

 

・人間の生き方、あり方を考える読書を増やす

 


4. 3か月後には何をするか、どうなっていたいか

 

・どんな問題に対しても、自分の意見と

    その根拠を述べられるようになっている

 

・当たり前の道徳観が無意識レベルまで

    落とし込まれている

 

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