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読書尚友

先人の叡智を自分の行動に落とし込んで、成長と成果に変えていくブログ。焼きたてのトーストにバターを塗るように、日々の学びを薄く薄く伸ばして染み込ませてゆく

欲望との折り合いをつけるには? 読書日記『中学生からの哲学「超」入門』竹田青嗣 著①

 

中学生からの哲学「超」入門―自分の意志を持つということ (ちくまプリマー新書)

中学生からの哲学「超」入門―自分の意志を持つということ (ちくまプリマー新書)

 

 


今日の読書日記は『中学生からの哲学「超」入門』から、自分の生き方を考えることについて。

 

 

現在の社会では、誰でもほとんど例外なく、あの「たくさん愛されたい、贅沢をしたい、評価されたい、人の上に立ちたい、偉くなりたい」といった「一般欲望」を、生の中心的な目標として育ってくる、と私は言いました。

 

しかしまた、それが競争の中で実現される欲望である以上、そこで「幸福」をつかむことのできる人は必然的にごくわずかで、ほとんどの人は挫折し、絶望し、自分の一生を肯定できないで終わるほかはないとも言いました。

 

そこで、ここで大事なのが、あの「自分の意志をもつこと」ではないか、と私は思います。

 

「欲望」は、われわれの主人であり、育ての親です。われわれはそれへの執着を生きる理由にしている。しかしもしこの執着がわれわれの生をスポイルすることを理解できれば、必要なときには、これを編み変えなければいけないし、またそうできるのです。

 

われわれは、もし自分の中にやってくるすべての感情や欲望に支配されるなら、「自分の生きる意志をもつ」ことはできない。もし君が、豊かな才能をもち、競争に必要な多くの"アイテム"をもっているなら、努力を重ねて自分の「欲望」に向かうことは、なんら悪いことではない。

 

しかし大事なのは、君は自分の欲望とそれを可能にする可能性の条件をつねによく吟味する必要があるということです。もしそうでなければ、君にとって、生というものは、理不尽で不可解なものになってしまう。

 

「一般欲望」は、すべての人をその目標に誘い生の憧れに誘うような、実存主義の"一般的"可能性です。しかしその運命は、きびしい競争の論理のうちにある。君がその目標を実現できるかどうかは、一定の確率をもったルーレットの中に投げ入れられたダイスの目のようなものです。

 

私のアドバイスは、君はそういう欲望を捨てるべきだというのではない、そうではなくて、もしそれしか生の欲望をもてないなら、君の生は拠り所のないものになってしまう。

 

むしろ、君は、そのような「一般欲望」とはべつに、自分はこのように生きよう、このような生き方をしたいという、自分固有の生の目標(欲望)を見出すべきだ、ということです。

 

「自分の意志をもつこと」とは、自分の幸福の条件を、才能や運に委ねるのではなく、自分でよくつかみ直すこと、言いかえれば、自分で自分の「自由の条件」を考え、作り直すということです。

 

 

タイトルに「中学生からの~」とありますが、自分が中学生の時に読んでこの本の内容をどれだけ理解できただろう、と思うような本です。

 

それは文章が分かりにくいという意味ではなく、大人になった今読んでも「深い」という意味です。中学生よりももう少し、人生経験を経てからの方がこの本を読むのは良い気がします。

 

でも一方で、もっと早く、例えば大学生くらいの年齢の時期にこの本に述べられていることを知っていたら、もう少しうまく立ち回れたかもしれない、という出来事が確かにあった気がしてきます。

 

「一般欲望」として説明されている、「お金持ちになりたい」とか「モテたい」といった欲望は誰でもが少しは思い描くものです。ですが、それはこの競争社会の中では誰でもが必ず手に入れられるものではありません。このあたり、夢見がちな自分自身に対するリアルな現実を突き付けられます。

 

著者は、そういった「一般欲望」に挑戦することを否定するわけではなく、また、「一般欲望」なんて叶わないから捨ててしまえ、といっているわけでもありません。

 

 ただ、そのような「一般欲望」だけを追求していると、それがかなわないと分かった時、絶望して、生きる気力を失ってしまいます。

 

従って、自分の可能性を追求しつつも、そういった誰しもが思い描く「一般欲望」とは別に、自分が生きていく意味、こう生きたい、という「自分固有の生き方」を形作っていかなければならない、と主張されています。

 

そのような他ならぬ自分だけの特別な「自分固有の生の目標(欲望)」を持つことで人は生きていける、ということです。

 

そして、「一般欲望」での挫折に気づき、「自分をもう一度理解しなおす」時期が二十歳前後で必要だと述べられています。この意味でタイトルが「中学生からの~」となっているのかもしれませんが。

 

私自身を振り返ってみた時、正直なところ、「あれ、自分は今でも一般欲望にまみれすぎてないか?」と慌ててしまいました。

 

確かに学生の頃には、自分にとっては大きな挫折を経験したり、承認欲求が満たされずに暗い時期を過ごしていたこともあります。

 

社会人になってからは、年単位の時間を経て徐々に回復に向かい、今ではすっかり元気になっていますが。

 

世間の大きな流れや天変地異から他人の心まで、個人の力や努力ではどうにもならないことが世の中にはあります。

 

どうにもならないことがある、ということを知ったうえで、「一般欲望」と自分自身の間に「折り合いをつけていく」、それが「自分をもう一度理解しなおす」ということだと思います。確かに、それに気づく時期は早い方がよいでしょう。

 

これとは逆に、自分との折り合いをつけられぬまま、「一般欲望」を追い求め続けているのが「こじらせる」という状態なのかもしれません。

 

「一般欲望」の達成に対して努力を続けることはもちろん大切です。ただ、自分の力だけで100%達成まで持っていけるのか、というとそんなことはないでしょう。求めるものがお金なら達成できるかもしれませんが、人の心などだとまず不可能でしょう。

 

ですが、自分の生き方、「私は自分の人生をこのように生きる」、この目標であれば、自分の努力で達成することができます。自分でコントロールすることができます。

 

それは自分の意志で自分の生き方を決め、そのように生きる自由です。「一般欲望」ではなく、こちらの欲望をどれだけ追求できるのかが、私たちの人生の幸福度合いを決めてくるのではないかと思いました。

 

 

〈今日のチャレンジシート〉
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1.この本を読んだ目的、ねらい

 

・哲学をやさしいところから学んでいく 


2. 読んでよかったこと、感じたこと

 

・哲学と宗教の違いが分かった

 

・「一般欲望」の取り扱い方が分かった


3. この本を読んで、自分は今から何をするか

 

・自分の「生き方」をより、明確に形作っていく


4. 3か月後には何をするか、どうなっていたいか

 

・今よりも自分自身の生き方の輪郭がはっきりとしている

 

・一般欲望を少しだけ、達成している

 

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