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読書尚友

先人の叡智を自分の行動に落とし込んで、成長と成果に変えていくブログ。焼きたてのトーストにバターを塗るように、日々の学びを薄く薄く伸ばして染み込ませてゆく

色即是空、空即是色の意味とは? 読書日記『般若心経入門ー276文字が語る人生の知恵』松原泰道 著①

 

般若心経入門―276文字が語る人生の知恵 (祥伝社黄金文庫)

般若心経入門―276文字が語る人生の知恵 (祥伝社黄金文庫)

 

 

今日の読書日記は『般若心経入門ー276文字が語る人生の知恵』から、色即是空、空即是色(しきそくぜくう、くうそくぜしき)の持つ意味について。

 

 

自覚された自分の意志で、自分の人生を歩むことが、いかにむつかしいか、またいかに大切であるかを悩みもせずに行動するから、すべてが空しくなるのです。しかも、この空しさを正しく充(み)たそうともせず、本能のままに、刹那的な衝動心につきあげられて、無目的に行動するから、自分でも収拾不能になるのです。

 

言葉ひとつにしても、自分の言葉が使えるには、自分をしっかりつかまなければだめです。それには、空しさを嘆くことから踏み込んで、空しさに徹するより方法はないようです。このことを般若心経は「色即是空(しきそくぜくう)」とわずか四字でずばりと言いきるのです。

 

色(しき)とは、エロティックの意味ではありません。原語の梵語(ぼんご)でルーパといい、物質的現象として存在するもののことです。平たくいうと、色は目に見える、形あるもののことです。目に見え、形あるものの多くは、何らかの色彩がありますから、ルーパを「色」と漢訳したのでしょう。

 

ところが、目に見え、形あるものは、必ず壊れたり崩れたりします。それがルーパ(色)というものです。つまり、形あるものは、かたときもとどまることなく、必ず、移り変わり、そして壊れてゆく存在だということを教えているのが、「色即是空(しきそくぜくう)」です。

 

この形あるものを否定するところの、いわば「空しさ」いっぱいの情感が、空(くう)の持つ第一の意味です。しかし、この空しさを感ずるところに、人間の進歩もあるのです。

 

 

「色即是空」は、このように形あるものを空(くう)ずる(否定する)のです。ところが、それだけで終わると虚無思想に過ぎません。この虚無感をもまた否定するのが、「空即是色(くうそくぜしき)」です。空しさをさらに空(くう)ずるのです。否定の否定です。

 

否定の否定は肯定で、もとの座にもどるかっこうですが、否定前の色(しき)と、二重否定の後の色(しき)とは、同じ色でも、空を実感したか、しないかによって、その間に大きな違いがあります。

 

「いったん否定した<色>をさらに空ずるという、二つの否定を経て人生を眺めようじゃないか。そうしたら、別次の風光があるに違いない」と教えてくれるのが、「空(くう)」の持つ第二の意味です。

 

 

般若心経は、「現実の空しさ、うつろさを徹底して実感せよ(色即是空)、すると、現実に生きる価値と意義が十二分に自覚できる(空即是色)」と教えます。

 

 

今日は、仏教から学んでみたいと思います。 

 

この言葉が出てくる、宗派にもよりますが、よく唱えられるお経である「般若心経(はんにゃしんぎょう)」についての詳細は、

般若心経 - Wikipedia

をご参照下さい。

 

 この「色即是空、空即是色」という言葉の意味を知った時、すぐに思い出されるのは、「メメント・モリ」や『7つの習慣』のうちの第2の習慣「終わりを思い描くことから始める」などの言葉です。

 

これらは、やがて誰にでも訪れる人生の終わりをイメージすることで、今この時を真剣に生きようとする考え方です。

 

「色即是空、空即是色」の場合は、生死まで重大な問題まではいかなくても、もっと日常的な、物質的には満たされているようでもふと感じる虚しさ、そのような生の真っただ中での感情の取り扱いも含めているようです。

 

物欲に従い、身の回りのモノをいくら充実させたとしても、それが本当に自分の心まで満たしてくれることはありません。

 

新しい何かが登場したりすると、どうしても少しはその新しいモノのことが気になってしまいます。

 

そして、新しいモノだから優れているとは限らないのですが、それでも新しい刺激を求めて、流行を追い、消費を繰り返してしまいます。

 

あふれる情報に引きずられて必死にそれらを消費して、刹那的な心地よさを重ねる中で、私たちはいつしか自分の在り方を見失ってしまっているのではないでしょうか。

 

このような生活の中でふと感じる「空しさ」は、自分の心が発している「危険信号」だと考えることができると思います。

 

そして、そこが空のスタート地点です。空ずる、つまり身の回りの色、すなわち形あるものを否定します。すると、自分だけが残ります。

 

こうなると、否応無しに自分だけを見つめざるをえなくなります。

 

何かに対する執着心を捨てて、本当に自分はどうしたいのか?に向き合わざるをえなくなります。

 

あるいは大切な何かを喪失したとして、それがもう決して自分の望み通りにはならない、という現実を見据えた上で、再び立ち上がっていくにはどうすればよいか?を考えざるをえなくなります。

 

この時点から、自分の「世界の再構築」が始まります。空を再び空じる、空しさを再び否定して、生きる活力を取り戻し始める時です。

 

この「世界の再構築」を始められるようになるまでの時間は、人によってまちまちだと思います。「レジリエンス」という言葉でその「復元能力」を表したりしますね。

 

生きている限り私たちは、例え思いっきり落ち込んでも、「立ち直るしかない」のです。

 

ただ、思いっきりへこんだことで、それまで他愛無いと思っていた物事がどれほど「有難く」価値あることなのかが実感できるようになっているのです。

 

その経験をするまでは、同じ目線の高さにあると思っていたものごとが、自分が下に下に落ちたことで、見上げるほど高い所に咲く凛とした花のように、色鮮やかに目に映るようになる、ということです。

 

道端のタンポポのように美しいものを美しいと思える、毎日食べるご飯をとてもおいしいと思える。当たり前だと思っていることが当たり前ではないことに気づく。その「有難さ」に、「生きる喜び」を爆発させることができるのです。

 

また、挫折した経験は、人を謙虚にします。仏教的な考え方でよく聞くものとして、「我々は、生きているのではなく、生かされているのだ」というものがあります。

 

私たちは今日ここに至るまでの人生で、大なり小なり、挫折したり、喪失したり、そういった経験を経てきているはずです。

 

それでも今ここに存在しているということは、自らの力で全てを切り拓いてきた、というよりもむしろ、周囲からの力によって助けてもらってきたのだ、「おかげさま」である、そう考えることができるようになるのです。

 

そして「生かされている」命であるならば、無駄にすることなく、真剣に、覚悟を持って生きようとする前向きな姿勢が生まれてくるのだと思います。

 

 

「色即是空、空即是色」、じっくりと噛み締めたい言葉です。

 

 

〈今日のチャレンジシート〉
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1.この本を読んだ目的、ねらい

 

・般若心経の説くところの考え方について理解を深める


2. 読んでよかったこと、感じたこと

 

・改めて、「色即是空、空即是色」の意味について

 考えることができた


3. この本を読んで、自分は今から何をするか

 

・謙虚に、しかし覚悟を持って生きる

 

 ・日常のひとコマ、当たり前の風景に毎日感謝する


4. 3か月後には何をするか、どうなっていたいか

 

・「謙虚」と「感謝」が無意識の姿勢、行動として備わっている

 

・毎日が「生きる喜び」に満ちあふれている 


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