読書尚友

先人の叡智を自分の行動に落とし込んで、成長と成果に変えていくブログ。焼きたてのトーストにバターを塗るように、日々の学びを薄く薄く伸ばして染み込ませてゆく

対岸の火事の延焼を防ぐにはどうすればよいのか?『縮小ニッポンの衝撃』NHKスペシャル取材班 著

 

縮小ニッポンの衝撃 (講談社現代新書)

縮小ニッポンの衝撃 (講談社現代新書)

 

 

 

今日の読書日記は『縮小ニッポンの衝撃』から、縮小していく町のあり方について。

 

 

同じ頃、鈴木市長肝煎りの部署・まちづくり企画室の佐藤学主幹も子どもたちを守るための戦いに挑んでいた。きっかけは夕張市内の中学3年生を対象に市が行ったアンケート結果だった。

 

これまで夕張市の子どもたちは地元の小学校、中学校、高校へと進学するのが当然と考えられていた。市外の学校は通学するには交通の便が悪いこともあって、夕張中学校から夕張高校への進学率は財政破綻以降も8割を超えていた。

 

ところが、今回のアンケートで希望する進学先をたずねたところ、夕張高校を選んだ生徒がわずか3割にとどまったのである。

 

なぜ夕張高校を選ばないのか、という問いに対しては「まちの将来に不安がある」「早く夕張を出たい」といった声が相次いだ。中には子どもの進学をきっかけに家族ぐるみで引っ越してしまうケースも出てきていた。

 

これまで道立の夕張高校に対して何の支援も行ってこなかった夕張市。佐藤さんは、このまま生徒数が減少すれば閉校になりかねないと感じていた。高校が閉校になった自治体で聞き取りをしてみると、人口減少が一段と加速した悲惨な現実があったという。

 

さらに、生徒たちが夕張高校を選ばない背景には人口流出を加速させること以上の深刻な意味があった。

 

市外のスポーツ大会で小学生が夕張のチームであることを隠そうとしたり、大学生が町を出ていっても自分が夕張出身であることを話したがらない。

 

子どもたちは、夕張市民であることを恥じている――そんなショッキングな話も伝わっていた。

 

佐藤さんが最も恐れていた「子どもたちを犠牲にしている」という事態が現実のものになっていた。

 

夕張市は、子育て世代の親たち、夕張高校の教師たち、子どもたちに話を聞き、さらに調査を行った。見えてきたのは「希望する進学先に進めないのではないか」という生徒たちの不安。そして、「生徒数が減ったことで部活動に十分に取り組めない」という不満だった。

 

夕張市は財政再生計画にがんじがらめに縛られており、財源もない。市民の市役所に対する期待や信頼は著しく低く、「何を言っても無駄」という冷め切った雰囲気が支配していた。そんな中、「まちづくり企画室」が打ち出したのが夕張高校とその生徒に対しての学習支援と部活動への支援である。

 

遅まきながら、こうした対策に乗り出したのは、夕張高校を存続させて、卒業生に夕張を支える人材になってほしいとの目論見があるようにも見える。

 

しかし、佐藤さんは、これをキッパリと否定。一連の施策は、子どもたちを引き止める策ではなく、勝負したいという子どもを後押しするための施策だと説明した。

 

「子どもたちを夕張にとどめようとして、なにか金銭的な調整で子どもたちを囲い込むのはどうかと思います。むしろ、僕の気持としては『どんどん出ていってくれ』ですね。

 

夕張で育った子どもたちは、財政破綻とかヤミ起債問題などで夕張市が厳しく批判される中で、頑張ってきた。そんな子どもたちだからこそ、そういう課題を……未来の課題を語ることができる。

 

彼らには外にどんどん出ていって、他の地域に住む人とどんどん議論して、『夕張の何が駄目だったのか、何が優れているのか』考えてほしい。確かに、人口は1人欠けるのも痛いんですよ。いまの夕張には……。

 

でも、帰ってこなくても、どこかで夕張と繋がっている人が絶対にたくさん必要で、そういう人になってほしいんですよね」

 

この国が抱える課題の最前線を生きる子どもたちだからこそ、外に出て何かを身につけてきてほしい。佐藤さんの言葉は、子どもたちを引き止めようと躍起になっている自治体にとっては、破綻自治体担当者の開き治りや泣き言に聞こえるかもしれない。

 

しかし、「縮小の時代」に自治体がやるべきことは子どもたちを引き止めることだけではない――。

 

少なくとも夕張を長期にわたって取材してきた私たちには、彼の言葉は説得力があるように思えた。

 

 

〈今日のコンテンツ〉

ーーーーーーーーーーーーーーーー

1. 故郷を隠すということ

2. 問題は最前線で学ぶ

3. まとめ

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

1. 故郷を隠すということ

 

この本は2016年にNHKスペシャルとしてTVで放送された同タイトルの番組を底本として、日本の「人口減少問題」を特に「行政」という視点から、様々な地方自治体への取材に基づきまとめられた本です。

 

先日ご紹介させて頂いた『未来の年表』という本も、扱っているテーマは同じですが、そちらはより包括的な視点で見ている、という点で違いがあります。

 

本書では具体的な地方自治体として、例えば、東京都・豊島区、北海道・夕張市、島根県・雲南市などの自治体が直面している、人口減少により発生した厳しい現実とそれに対する取り組みが紹介されています。

 

今回は、その中から、北海道の夕張市について書かれたところから引用しました。

 

夕張市は2006年に353億円の赤字を抱えて財政破綻した、全国で唯一の財政再生団体です。夕張市の人口は、1960年代には11万人を超えていたところが、2006年には1万3000人に、そして財政破綻後の10年間で8500人まで人口が減少しています。

 

ここまで急激に人口が減少すると、老朽化したインフラの修理どころか、当たり前の行政サービスの維持すらままならない状態に陥っており、その切迫した状態がリアルに描写されています。

 

夕張市の財政破綻は当時、全国的なニュースになりましたから、ご存じの方も多いと思います。

 

そのような状況の中、今回引用した部分を読んでいて悲しく感じたのは、子どもが自分の生まれ育った町に対して、そこの出身であることを隠したいと感じてしまっている、ということでした。

 

生まれた町、育った町に対する「引け目」を感じてしまっている。

 

出生地や出身地というのは、今の自分自身の「アイデンティティ」を形作る、大きな元となるひとつです。

 

別に、「どこどこの生まれ」だとか、「どこどこで暮らした」とかいうことに「誇り」を持ったり「自慢」する必要は全くありません。

 

むしろ「土地柄」とか「家柄、血筋」だけを自分のアイデンティティの大きな拠り所として、それにすがってしまうと、後々、そのような考え方を矯正していくのがやっかいだからです。

 

ただ、自分の由来に「引け目」を感じてしまう、ということは、根本の部分で自分に対する「自信」や「信頼」が持てなくなってしまう、ということになります。

 

それは、余りにももったいない。

 

例えば、私の場合、生まれたところは九州の長崎県で、その後、関東や、北陸などいくつかの地域で年単位で暮らしたことがありますが、暮らしてきた時間が一番長いのは関西です。

 

祖父母が長崎県にいたために、子どもの頃は毎年夏休みなどに家族で帰省していました。

 

私が暮らしてきた関西や関東の都市部に比べると、長崎県の私の田舎は電車は単線で数も少なく、日常生活には車がないと不便なところではありました。(今でもそうだと思いますが)。

 

でも、緑は豊かでしたし、水や食べ物は美味しく、「精霊流し」のような地域特有の印象深い夏の行事もあったり、そして耳慣れないし、自分ではうまく話せないけれども、何故かなつかしく感じる「方言」も聞こえてきたりする場所でした。

 

祖父母が亡くなってからはすっかり足が遠ざかってしまいましたが、そんな田舎ですごした、私の子どもの頃の、生まれた土地での「夏の思い出」は確実に今の私を形作っている大切な要素のひとつになっています。

 

自分を形作るのは、生まれた土地だけでなく、育った土地でも同じです。それを「否定する」ことは「今の自分自身を否定する」ことにもつながってしまう。

 

子ども達を、そのような状況に追い込んでしまったのだとしたら、それはなんとかしないといけません。「誇り」までは持てなくても、どんな故郷でも「肯定」できるくらいの気持ちに持っていけるまでは。

 

 

2. 問題は最前線で学ぶ

 

今回引用した部分には「この国が抱える課題の最前線を生きる」という言葉が登場しています。

 

これは、急速に人口減少・流出が進む夕張市は、既に始まった日本の人口減少と、それに伴いこれから社会で起こる問題を「先取り」して示している、ということです。

 

遅かれ早かれ、どの自治体でも将来、夕張市の事例に示されているようなことが起こりうるということになります。

 

古いドラマに「事件は会議室で起こっているんじゃない!現場で起こっているんだ!」

というセリフがありましたが、まさしく私たちは課題を解決し、より望ましい未来をつくっていくために、「最前線の現場」から学ばないわけにはいきません。

 

「人口減少」というテーマでは、日本で見ると間違いなく夕張市が最先端で、世界で見ると日本が最先端を走っていることになります。そして世界は日本の人口減少問題と、この先の行く末を固唾を飲んで見守っています。自国の未来を占うモデルケースとして。

 

ちなみに、本書で夕張市について書かれた章のタイトルは「破綻の街の撤退戦」です。「挽回戦」とか「逆襲戦」ではありません。「撤退戦」です。

 

つまり、もう「負け戦」だと捉えられているのです。そしてこれは今人口が減少している他の多くの市町村にとってもモデルケースとなるでしょう。

 

「コンパクトシティ」という構想が議論されていますが、人口が減少するのであれば、人が分散して暮らしていることは行政やサービスの維持管理効率が悪いものになります。

 

従って、できるだけ人が住む場所を集めて、その場所を集中的に管理する。そうすれば人口が減少してもある程度は持ちこたえられる、ということだと思います。

 

現実問題としては、今、暮らしている土地を離れて暮らすというのは、さまざまな「しがらみ」から難しいでしょうが、それでも、「撤退」と「縮小」の流れは止まらないでしょう。

 

私たちはどこに暮らしていたとしても、夕張市の事例から目を背けることはできません。「明日は我が身」のことだからです。

 

そうであるとするならば、どのような態度で臨むべきでしょうか。

 

もう少し身近な例で考えてみましょう。

 

仕事においても、やりたくないことか、苦手なこと、気分が乗らないこと、などはよくあると思います。そのような時は、その仕事をつい「先延ばし」してしまいますよね。

 

そして、締め切り間近になっておしりに火が付いた状態になってから慌てて取り組むことになります。

 

でも、うまくできるかどうか、締め切りまでに間に合わせることができるかどうかは分かりません。

 

今の日本の状態はこのような感じではないでしょうか。

 

「対岸の火事」のように感じられる出来事を「自分のこと」として考えるのは中々難しいことです。それでも、その火事は次第に勢いを増して、やがて川のこちら側、自分のいる所へとやってくることは100%分かり切っています。

 

であるならば、少しでも後々の延焼の被害を抑えるために、今の内から「真剣に」「覚悟を決めて」向き合わなければならないでしょう。

 

 

日本全土で「撤退戦」が始まる前に、今からできることはなんでしょうか?

 

 

3. まとめ

 

・出生地や出身地と自分のアイデンティティは紐づいている

 

・私たちが問題を解決していくためには最前線の現場から

 目を背けてはいけない

 

・人口減少問題には個人個人が、「覚悟」と「真剣さ」を持って

 取り組んでいくことが求められる

 

 

〈今日の読書を行動に変えるための
 個人的チャレンジシート〉
ーーーーーーーーーーーーーーーー

1.この本を読んだ目的、ねらい

 

・日本の人口減少問題に関する理解を深める


2. 読んでよかったこと、感じたこと

 

・地方自治体の生々しい現状に触れることができた 


3. この本を読んで、自分は今から何をするか

 

・自分の望む未来の姿と、その実現のために

 使える手持ちの武器について考える

 

・この問題について考える学びの場を作る


4. 3か月後には何をするか、どうなっていたいか

 

・人口減少問題に対して自分ができることが

 今よりも明確になっている

 

・自分のビジョンを人に伝えることができる

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー


<お知らせ >

このブログのメルマガ版の配信を希望される場合は、
下記リンク先からご登録をお願い致します。

メルマガ「読書尚友」登録フォーム

縮小ニッポンの衝撃 (講談社現代新書)

縮小ニッポンの衝撃 (講談社現代新書)